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12/15/2013    奇跡のメロン

「もしも、あの時こうしてたら…」
「もしも、あの時こうしてなかったら…」


そんな、「もしも」を考えたって意味はないのは分かっている。


だけど、そんな「もしも」をどうしても考えてしまう。


「もし、あの時、あのメロンに出会っていなかったらどんな旅になっていたんだろう。」




ん笑?どういうこと笑?



実はイランでは、一つのメロンが旅を大きく変えてくれた出来事があった。


そのメロンとの出会いは今でも鮮明に思い出せる笑

そのメロンはもう見た目から違っていた。
一目ぼれと言ってもいいかもしれない笑



朝ごはんを食べ、

「さあ今日もさわやかな一日の始まりだ。朝日が気持ちいいな。うわー、この丘からの景色やばい!小川がきれいに流れてるわ。チャリ旅やっぱ気持ちいいな。いやー、こんな気持ちよく旅できるなんて、俺って幸せもんだわ。」


…なんて気持ちで自転車をこぎ始めること一時間。


「しんどー。あつー。疲れたー。腹も減ってきたー。今日はフカフカのベットで寝たいなー。ってか眠たい。昼寝したいー。」

たった一時間のサイクリングで見事に気持ちが変わってしまった。


「もう、かなりこいだはずだ」と何度も時計を見るが時計は一向に進んでいない。


「あーあ、こっからまた何時間もこぎ続けるんかー。」



そんな気持ちの良くないサイクリングが始まろうかという時、目の前に一軒の露店が現れた。

見ると、その露店には、見るからに「いいメロン」といった雰囲気のメロンがずらりと並んでいる。

しかも、ご丁寧なことに、水でしっかりと冷やされているではないか…!


「いやいや、まだチャリこぎ始めて1時間。今日の目的地はあと100㎞以上ある。ビザ取るのに時間かかるから、テヘランまでは予定通り進まないとまずい。こんなチャリこぎ始めてたった1時間で休憩なんてできるはずが…」

そんなことを考えているのに、気持ちとは裏腹にペダルをこぐ足は遅くなる。

そして、気付いたら、ブレーキをかけていた笑。


「うん。そんなあくせくして進んだってしゃーないよな。チャリ旅の醍醐味半減だし…。それに、ちょっとくらいの休憩ならいいだろう。」

「そういえば、これまでかっ飛ばしてすすんできたから、なんだか疲れがたまっている気がするぞ笑。うん、これはきっと神様が止まれって言ってるんだな。そういうことなら仕方がない笑!」


まったく自分で自分を笑えるくらいの気持ちの変わりようだ笑。
つくづく私は自分に甘い笑。

でも、たった一つのメロンを食べるのに、ここまで理由をつけないといけないくらい、ちょっと予定より遅れていたのも事実だ。



自転車を停め、メロンをもらおうと人を探したが、どこにも見当たらない。
おかしいなーと思って裏側にいくと、店の人たちは裏でチャイを飲んでいた。

「サローン!チャイ?」

さっそく、お茶のお誘いだ。

誘われたのを無下に断るの失礼なので(言い訳)、ありがたく輪に加わらせてもらうことに。


汚れたカップで、朝からみんな輪になって、ニコニコしながら、チャイを飲む。

なんとも気持ちがいい。


砂糖をかき混ぜるスプーンがないので、藁屋根の藁(ワラ)を一本ちぎってマドラーの変わりにする。
ちょっと藁が混じったって全く気にならない。

いつからだろう。
汚れた食器や、少しぐらい飲食物が汚れても気にならなくなったのは。


(ちなみに、イランでは、紅茶と砂糖を混ぜるのにスプーンやマドラーは使いません。
どうしているかと言うと、先に角砂糖を口の中にいれ、奥歯ではさんだまま、紅茶を飲みます。

この飲み方に慣れると、砂糖を紅茶に混ぜて飲むより、紅茶本来の味がより味わいやすいです。
ただ、この時はこの飲み方が分かっていませんでした。)


すっかり満ち足りた気持ちになり、くつろいでいると、「メロン?」と聞かれた。
ああ、そうだった。そのために止まったんだった笑。


そして、お待ちかねのメロンとのご対面。


一口食べて衝撃を受けた!

一口口に入れると、じゅわっと果汁が口の中いっぱいに広がる。
その甘さがつーんと頭のてっぺんまで伝わり、一瞬頭が真っ白になる。
そして、じんわりと指先から足先まで甘さが染み渡っていくのが分かり、ふわーっと体が浮いたような気持ちになる。

じゅわっ、つーん、ふわー。

じゅわっ、つーん、ふわー…。


「なんだこれー!!!!!」

思わず心の中で叫んでしまう。
だけど、気が付けば叫ぶのも忘れて二口目、三口目と、夢中でほうばっている。

あっと言うまにまるまる一個を平らげてしまった。


間違いなく今までの人生で食べたメロンの中で一番おいしかった。

きっとどんなにお金を出して高級なメロンを食べても、このおいしさは絶対味わえない。
こんなにおいしいと思えるのは、自転車で旅をしているからこそだろう。


すっかり、元気をもらい
「さあ、行くか」
とお金を払おうとすると、


「お金?いらないよ」

と店の人。

いやいや、こんなにおいしいメロンをもらって払わないわけにはいかない。

「払わして下さい。」

とお金を出してもどうしても受け取ってくれない。



こんな時だ。

旅をしていてよかったなと心から思う時は。

イスラムの人たちのやさしさは底なしのやさしさだ。

きっと旅をしていなかったら、こんなにやさしい人たちがいるということを知れなかったと思う。

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値段にすると100円にも満たないが(イランでは果物が破格の値段)、気持ちがただただうれしかった。




文字通り、身も心もすっかり満ち足りた気持ちになり、お礼を言って出発しようとすると、

「ちょっと待って。日本語しゃべれる友達が来るから。」

というようなことを言われた。


「こんななんにもないところで、そんなことあるわけない」

と思ったが、待ってみることに。


待つこと10分。
すると、本当に日本語がしゃべれる人がやってきた。

彼の名前はアタさん。
日本で6年ほど住んでいたことがあるらしい。

お互い久しぶりに日本語でしゃべれたことがうれしかったのだろう。

気が付けば、彼の家にお邪魔することに。



しかし、家に着くとなんか様子が変だ。

家に50人を超える人が集まっているのだ。
しかも、その人たちはみな黒い服を着ている。


「アタさん…。これってもしかして…。」

「うん。今日は私のお父さんが亡くなってから1か月の日。だからみんなでこうして集まっているんだよ。」



いやいや。さすがにそんな日にお邪魔するのはまずい。



そう思ったが、みんなは

「さあさあ一緒にごはんを食べよう。」

と笑顔で言ってくれる。


迷惑そうな顔などせず、むしろ、「よく来てくれたね。」と言ってくれんばかりの笑顔で迎えてくれる。



彼らの笑顔を見てお邪魔することに。


すると、こんな田舎に外国人がいることが珍しいのだろう。


みんなから次々と質問を受ける。

「どこから来たのか」
「どこへ行くのか」
「何歳か」
「結婚しているのか」
などなど…。

今まで何度も聞かれたことだったが、みんなが答えの一つひとつを興味津々で聞いてくれ、一つひとつの答えに歓声が上がったりするので、ちっともつまらないとは思わなかった。

日本語が喋れるアタさんもいるのでスムーズに気持ちを伝えることができたし。

何より、みんなが心から歓迎してくれているのが伝わってきてうれしかった。

本当に幸せな時間を一緒に過ごすことができた。

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気が付けば、お昼の3時を回っていた。

すると、

「これからみんなでお父さんのお墓に行ってお祈りをするけど、一緒にどうですか?」

とアタさん。

ちょっと遠慮するべきかなと思ったが、

「一緒に手を合わせてお祈りをして、お父さんにも一言お礼を言いたい。」

そう思って一緒に行くことに。





お祈りの光景は忘れられない。

一人ひとりがお墓の前に座り、お祈りをする。

しかし、お墓の前にくると誰もがこらえきれなくなって、涙を流してしまう。

一人ひとりの泣く声が集まり、低い低いすすり泣きの声に変わる。

さっきまでの笑顔が信じられない。

みんなの笑顔を知っているだけに、みんなの悲しみがより一層辛くでも同時に分かる気がした。



イスラムの人たちは人のつながりを本当に大切にしている。

だからこそやさしくて、やさしいからこそこんなにも多くの人が悲しむのだろう。

同時に、悲しい時もみんなで一緒にいるから、やさしく、明るくいられる強さを持っているのだろう。


その夜、みんなで夕食を食べた後そんなことを思った。

トルコからイスラムの人たちのやさしさに触れ続けてきて、今日そのやさしさの理由が少しだけ分かった気がした。

寝る前、夜道を散歩した。

きれいな満月だった。
いつの間にか夜風は冷たくなっていて、虫の鳴き声があたり一面から聞こえてきた。
その虫の鳴き声を聞きながら、枯草と馬糞の混じった風を吸い込む。
その臭いにおいをかいだ時、なぜか旅に出てよかったなと思った。
そして、あのメロンに出会えてよかったなと思った。




でも、奇跡のメロンはこれだけでは終わらない。


次の日、みんなと別れる時のことだ。

「私は今はテヘランに住んでいるから、テヘランに来た時は、うちにぜひおいで。」

とアタさん。

なんとアタさんは今テヘランに住んでいるとのことだった。
お父さんの一か月目のために実家に帰ってきていたらしい。

テヘランと言えば、まさにこれから目指す場所!


そして、テヘランでもすっかりお世話になってしまった。

テヘランでは、ウズベキスタン、トルクメニスタンのビザを取るため全部で10日以上いたのだが、本当にお世話になった。

泊めてくれるだけではなく、アタさんの会社に連れて行ってもらったり(アタさんはなんと社長だった!)、これからの旅の準備の手伝いをしてくれたり、友達の家に連れて行ってくれたり…。

そして、久しぶりに日本語でしゃべれたことは想像以上に僕に元気をくれた。

また、アタさんだけではなく、アタさんの家族みんなが温かかったことも元気をくれた。

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奥さんのリーダは毎日手の込んだ料理を作ってくれ、毎日のごはんは僕の楽しみだった。



しかし、そんな楽しい時間はあっと言うまにすぎ、すぐに出発の日が来てしまった。

たくさんの思い出があるため、別れは辛かった。

出発の時にリーダがお弁当を作ってくれた。

そして、お弁当と一緒に、「これも」と棚から一冊の本をもってきた。

それは、リーダが大切にしているコーランだった。


なんで…。
それ、リーダの大切なものでしょ。
毎日毎日リーダがそれで一生懸命お祈りしてるの知ってるよ。
なんで…。


「ユーイチロー、コーラン、カミサマ…ミテル、アブナイ、ノー」


それを聞いた時に、こらえていたものがあふれそうになった。


気が付くとリーダは泣いていた。


そして、アタさん。

「祐一郎さん。あなたはもう私たちの家族です。またイランに来て下さい。」

アタさんの声も震えていた。






ありがとう。アタさん、リーダ。
みんなに会えて、本当によかったです。また、必ず会いに来ます。




でも、考えてみると、これも全部あのメロンから始まったんだのだ。

もしも、あの時あのメロンを食べていなかったら…。


そんな、「もしも」を考えたって意味はないのは分かっている。


だけど、そんな「もしも」をどうしても考えてしまう。



これを奇跡のメロンと言わずしてなんと言おうか。





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旅にはトラブルがつきものだ。


そんなとき、大事なことは何か。

それは、


「いかに冷静に、感情的にならずにトラブルの解決策を最優先で考えることができるか」


ということが大事だと思う。


しかし、時には感情をぶつけた方がトラブルを解決できる場合があるということを、イラン最終日に痛感する出来事があった。




それがないと気づいたのは、明日にはトルクメニスタンに入ろうとするときだった。


予想以上にトルクメニスタンビザ取得に時間がかかり、トルクメニスタンビザを受け取った時には、時間的に明日にはトルクメニスタンに入らなければまずい状況になっていた。
(トルクメニスタンビザは5日で、走行距離は500㎞のため時間的余裕がない。しかも、期限は国に入った日からではなく、あらかじめ申請した日でしか入れない)


仕方なく、イラン最後の大きなまち、マシュハドから国境まで180kmほど電車で移動することに。
しかし、電車に大きな荷物を抱えた自転車を乗せられるものか疑問だった。


そこで、宿でチェックアウトした後、荷物をフロントへ預け、駅へ事前に確認をしに行くことに。


この時、英語が通じず、多少トラぶった。

しかし、駅員とトラぶっているとなんと知ってる顔のスタッフがいるではないか。

その人は、駅へ入る前にまちで会って仲良くなっていた。
最終的にはその人の助けもあって自転車も持って入って大丈夫なことに。

つくづく旅では出会いに助けられる。


チケットを買った後(180km先の目的地でも、6万リアル、約200円。イランはバス、電車、タクシーが激安)、19時半の出発まで時間があったので、最後にまちを散歩したりして時間をつぶし、宿に預けていた荷物を受け取り、19時半、無事に国境に向けて出発。


正直、国境付近に泊まるとこなどあるのかわからず、かなり不安な気持ちのまま出発。

しかし、電車の中で近くの人に

「サラックス(国境付近のまち)、ホテル?」

と尋ねるとその人は、その車両にいた人だけでなく、隣の車両の人にまで、宿があるか聞きにいってくれた。


本当にありがとう。

彼によると、駅から4~5kmほどのところに宿が一つあるという。
料金は20万リアル(約630円)くらいらしい。

イランリアルは残り31万リアル(約千円)だったので、「助かった」という気持ちだった。


そして10時半ごろ、電車は国境付近の駅に到着。


本当に何もなかった。


あたりは真っ暗で街頭の灯りもない。
たった4~5㎞とはいえ、この暗闇の中自転車で移動しなければいけないと思うとぞっとした。


しかし、こんな何もない駅で一晩過ごす方が危険だ。

「行くしかない。」

と思い切ってペダルをこぎ始める。


駅を出るとすぐに暗闇に包まれた。
星が怖いほどきれいに輝いている。

「星が方角を示してくれるというのは本当なんだな」

と星座には全く詳しくないが、そんなことを思った。


しかし、あたりは暗闇である。
思い切ってこぎだしたはいいが、だんだん怖くてたまらなくなってきた。


前が見えない。
ヘッドランプで照らしているところがかすかに見える程度だ。


怖くてどうしてもスピードが出せない。


そんな時、2匹の野犬が近くを通るのが見えた。


野犬と昼に遭遇することはあるが、夜に遭遇したことはない。


「冗談じゃない。こんな真っ暗なところで襲われたらどうしようもないよ…。」


たまたまその2匹はヘッドランプを点滅させたら逃げていった。
が、夜に逃げない野犬に遭遇したらどうしたらいいのか見当もつかない。


とたんに怖くてたまらなくなり、恐怖から逃げるために、必至にペダルをこいだ。


前が見えない恐怖よりも、何かが自分の周りにいるかもしれない恐怖の方がずっと怖かった。


しかし、こいでもこいでも、全然教えられた宿に着かない。
確実に5㎞はこいだはずだ。

「いつになったら着くんだー!!!」

心の中で叫ぶ。
叫びたいが、叫ぶと野犬に見つかるので叫べない。

そんなとき、遠くで何匹もの野犬の遠吠えが聞こえた。


怖い。
逃げ出したい。


でも、どうしようもない。
立ち止まるわけにはいかない。
戻るわけにもいかない。


そんな恐怖に押しつぶされそうになっていた時、宿が現れた。

その宿が光り輝いて見えたのは、目の錯覚ではないだろう。



そして、ありがたいことに宿の人が僕のことを待っていてくれた。

どうやら、電車で一緒だった誰かが、この宿に電話をしてくれていたみたいだ。

電車であのやさしい人たちに出会っていなければ、宿の人も鍵を閉めて寝てしまっていたかもしれない。



しかし、料金を聞いて泣きたくなった。

「一泊、60万リアル(2000円)」


「なんでだー!一泊20万リアルって聞いてたよ。いくら国境とはいえ60万リアルは高すぎだろ。ってか、お金31万リアルしかないよ。。。」

そこから必至に事情を説明するが、まったく言葉が通じない。

しかし、なんとかわかってくれ、31万リアルで泊らせてくれることに。




しかし、部屋に入って思わず鼻を覆ってしまった。


部屋が糞尿のにおいでいっぱいなのである。

今までも何度もきたない宿やくさい宿にとまったことはあったが、ここまで臭い部屋は経験したことがなかった。

だが、おかしなことに部屋はすこぶるきれいなのである。


理由はすぐに分かった。
トイレが部屋についているのだが、そのトイレが水洗ではなく、いわゆるぼっとん式なのだ。

そのぼっとんにたまっているもののにおいが部屋に充満しているというわけである。

寒さかったが、そんなこと関係なく、窓を全開に開けた。


するとやはりというか当たり前に冷たい風入ってきた。


ひゅーっ。


「この部屋で一晩過ごすのか。」


思わずため息をついたが、息を吸い込んだ時にその香りが鼻に入ってきたので、鼻をおおいなおす。


くらくらした。

文字通り疲労困憊していた。


もう寝よう。寝て明日早くここを出よう。




そう思ってバックを開けたときだ…。


異変に気付いた。



「ない…。」


「パソコンがない…。」


それに気づいたときのショックは図り知れないものだった。

ショックのあまり、かなり長い間茫然と立ちつくしてしまった。


あのパソコンには、今までの写真がすべて詰まっている。

写真だけでなく、いろんな旅の情報も詰まっている。

ブログを書いたり、調べ物をしたりと旅になくてはならないものだ。



しばらくして、気持ちが落ち着いてくると今までの行動を振り始めた。


マシュハドの宿をチェックアウトする時には、確実にあった。

そして、荷物をフロントに預けた。

その後荷物を受け取り、ここまで来た。

ここまでくる途中荷物から離れたことはない。


ということは、、、、


「マシュハドの宿で預けている間に盗られたのか。。。」



すると、一人の疑わしい人物が自分の中で出てきた。


マシュハドの宿のオーナーだ。


彼を疑う理由はいくつもある。


一つ目は、彼は、何度も勝手に自分の部屋に入ってきて、しつこく、

「その携帯電話はいくらだ。そのパソコンはいくらだ。」

と聞いてきたのだ。


僕がいないのに勝手に部屋に入っていた時もある。
実際、同室にいた旅行者も携帯電話をその宿でなくしている。



二つ目は、フロントに預けていたにも関わらずなくなっているということだ。

フロントに荷物を預けているので、関係ない人が入ってきて荷物をあさることは難しいはずだ。
監視カメラがついているし、パッキングも完璧にしていて、バッグには盗難防止のためカバーもかけてあった。

仮に関係ない人が盗むならバックごと盗むはずである。


侵入し、たくさんあるバックの中から、奥に隠してしまっているパソコンだけを盗り、またバックを元通りにパッキングし、カバーをかけて、監視カメラやスタッフに見つからずに逃げるということは不可能に近い。


他にも、オーナーは、今日僕がイランを出てトルクメニスタンに入らないと時間的に厳しいことを知っているなど、疑うべき理由がたくさん出てくる。



オーナーが盗ったという可能性以外も考えたが、考えれば考えるほど、オーナーが容疑者の可能性が高まる一方だ。



そして、それは確信に変わり、確信した瞬間激しい怒りに変わった。



あいつだ。。。

絶対あいつだ。。。

ふざけやがって。どんだけ大切なものか知らないで。

今までどんな思いで旅をしてきたか知らないで。

全部思いが詰まったもんなんだぞ。

ふざけるな。絶対に取り返してやる。




その時の僕の怒りはすさまじいものだった。

今までたまっていたストレスや嫌な経験など、すべてが彼に対する怒りに変わった。




そして、次の早朝、僕はまた、マシュハドへ戻った。


そして、警察にすべてをぶちまけた。

警察は英語をしゃべれる人が一人もいなかったが、なんとか町で出会った英語が喋れる友達が助けにきてくれて、意思を伝えることができた。


そして、警察とともに、宿へ。

すると、やはりというべきかそのオーナーは今日は休みだという。


怒りくるっている僕は、状況が状況だとオーナーに電話をし、オーナーに来てもらった。


もちろんオーナーはしらを切る。


「パソコンがないと気付いたのは国境だろ。俺はやってない。国境で盗られたんだろ。」


「いや、国境まで荷物から目を一度も離していない。絶対にここで盗られた。
とにかく、監視カメラを見せろ。」


「いや、監視カメラは昨日の映像を記録していない。俺はやってない。俺がやったという証拠を見せろ。」


ふざけんな。

監視カメラで記録してないくせに、証拠を見せろなんて卑怯だ。
そんなことできっこないじゃないか。



その言葉がさらにいっそう怒りに拍車をかけた。

絶対に取り返してやる。


「とにかく警察署に来て話をするぞ。監視カメラの記録が残っていないのはそっちの責任だ。」


そこから警察署に行き話合うこと5時間。


最初は断固して認めなかったオーナーも、最後には折れた。


「わかった。まず、パソコンがなくなったどこへ行ったか私も調べよう。次にもし、見つけられなかったら変わりのパソコンを弁償しよう。最後に、変わりのパソコンが買えなかったら、お金を払おう。」


この条件で契約書にサインをし、話し合いの決着はついた。


というかこの条件をあなたが言ってきた時点で、どこにパソコンがあるか知ってるってことでしょ。



そして、宿に帰って3時間後。


オーナーがやってきて、


「ラップトップあったよ。掃除の人が隠し持っていたみたいだ。」


最後まで自分の責任を認めなかったことに対してまた怒りそうになった。

しかし、それ以上にもう怒りパワーも切れて、疲れきっていた。
何よりパソコンが無事に帰ってきたことがうれしかったし、問題は解決した。



今回はこれ以上怒れなかったが、時には怒りをぶつける交渉も必要なんだと痛感。



旅にトラブルはつきもの。

ただ、怒るのはしんどい。

もうあまりトラブルは起こってほしくないもんだ。
10/10/2013    まさかの…

イラン無事に入国しました!

イラン、まさかの…

ネット規制。

このブログやFacebookは規制がかかって開けません。
あと、Wi-Fi見つけるのめっちゃ困難。

現在、出会った友達のシムカード借りて、アップしてます。


このブログを開くには、vpnというソフトをダウンロードしなければいけないみたいです。
(彼のタブレットはvpnダウンロード済み)

そのため、しばらくブログ更新できませんが、ご心配なさらずに。



でも、イランも最高です。




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