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04/29/2014    カンボジア入国!

チョムリアップ・スオ!

カンボジアに入りました。


あっさりと。
ほんとあっさりと。

前日は、タイの国境のまちに泊まったが、ビール飲みながら、セブンイレブンでコアラのマーチをほうばるという余裕っぷり。

国境なのに、人もふつうにやさしかった。
牛乳のふたがなかなかあかなかったときカッター笑顔で貸してくれたり、宿の人が洗濯物洗ってくれたり…。


国境越えも、荷物検査も税関審査も何もなく、出国手続きして、入国手続きしてすんなり終了。
ビザも入国手続き前にチョチョイとゲット。

まるで、淡々と事務作業をこなすように入国できた。





カンボジア。

この国に対して正直あまり僕はいいイメージを持っていない。

ポルポト政権での大虐殺、内戦、未撤去の地雷、貧困、汚職…。




でも、入国してまだ一日だが、早くもカンボジアのイメージは変わりそうだ。


行く人行く人が笑顔で手を振ってくれる。

子供たちが「ハロー!」と遠くからでも叫びながら声をかけてくれる。

こんなにたくさんの人が笑顔で手を振ってくれるのはトルコ、イランの次に多いかもしれない。


あまりにもたくさんの人が笑顔で手を振ってくれるので、この国で昔大虐殺が行われたこと、いまだに地雷がたくさんうまっているということがうそのように思える。


暑くても人がやさしいと力をもらえる。


まだ一日しかたってないけど、

「いい旅がカンボジアでもできる」


そんな気がしてならない。




明日はついにアンコールワットのまち、シェムリアップを目指します。

アンコールワット。

この旅最後にして最大の楽しみである遺跡。


どんな対面ができるのか今から楽しみでしかたがない。





カンボジア。

この国でも安全に、いい旅ができますように。

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04/28/2014    あれれ?

あれれ?

タイもう終わり?


それくらいあっさりとタイを出てしまった。



タイでは正直何もいやな思いをしなかった。

トラブルも何もなかった。

すべてが快適だった。便利だった。





国境の町ですら、発展していて快適に過ごせてしまった。
今までこんなに快適に過ごした国境越えは初めてだ(ヨーロッパは除く)。



出会った旅人が口をそろえて

「東南アジアは快適だよ。」

と言っていたが本当だ。



本当に、日本が近づいてきたのかもしれない

いよいよ旅の終わりが、ゴールが見えてきたのかもしれない。



でも、快適な分、旅が「あっさりと」している感は否めない。

この調子で旅を続けると、「気づいたら旅の終わりが来ていた」

ということもありえてしまう。




最近は、すっかり旅という非日常が日常になり、一日一日をなんとなく過ごしてしまっている。

これをきっかけにちょっと反省。

この旅を

決して「自己満足」だけでは終わらせない。

決して「思い出」だけど終わらせない。




そのためにも、

限られた時間を大切に過ごしていこう。

一日一日を、

人との出会いを、

目に映る風景を、

もう一度大切にしていこう。



そんなことを改めて思った。
04/27/2014    




 自分には、自分に与えられた道がある。天与の尊い道がある。どんな道かは知らないが、ほかの人には歩めない。自分だけしか歩めない、二度と歩めぬかけがいのない道。広い時もある。せまい時もある。のぼりもあればくだりもある。坦々とした時もあれば、かきわけかきわけ汗する時もある。

 この道が果たしてよいのか悪いのか思案にあまる時もあろう。なぐさめを求めたくなる時もあろう。しかし、所詮はこの道しかないのではないか。

 あきらめろと言うのではない。いま立っているこの道、いま歩んでいるこの道、ともかくもこの道を休まず歩むことである。自分だけしか歩めない大事な道ではないか。自分だけに与えられているかけがえのないこの道ではないか。


 他人の道に心をうばわれ、思案にくれて立ちすくんでいても、道はすこしもひらけない。道をひらくためには、まず歩まねばならぬ。心を定め、懸命に歩まなければならぬ。

 それがたとえ遠い道のように思えても、休まず歩む姿からは必ず新たな道がひらけてくる。深い喜びも生まれてくる。


松下幸之助




なんでこんな暑い中自転車こいでんだろう。

オレなにやってんの?


って思っちゃうけど、もう一度この言葉を胸に進みます。

04/27/2014    あつい…


あ・つ・い…。



今はこの言葉しか出てきません。


今はタイは一年で一番暑い時期。

バンコクで見た温度計は夕方5時で37度をさしていた。

日中は40度超えてるんじゃないか?



ヨーロッパでも40度超えた中走っていたこともあったが、湿気が多い分今のほうがきつい…。

暑くて絶えず気持ちが悪い。


こんだけ暑いと楽しむことがどうしてもできない。

頭の中は


「あ・つ・い…」


の三文字のみ。




そんな中進まなきゃならないとなると、


なんでこんなことやってるんだろう


という気持ちになってしまう。






無理せず休憩たくさんしながら、気を抜きながら、でもあきらめず進んでいこう。



僕がタイに来て一番にやりたかったこと。



それは、

マサラ味から4か月ぶりに離れて、

「タイ料理を食べること!!」





ではなく

男としてやっぱり、

「ムエタイを見ること!!!」





…でもなく、


人生経験として一度は行ってみたい、


「オカマバーに行くこと!!!!」








…でもなく、


「自転車屋に行くこと。」



でした。



ん?なぜ!?




話は4か月前のインドに入ったときにさかのぼります。


ウズベキスタンからインドに飛行機で飛んだとき、もちろん自転車も持っていきました。

そして、インドについたとき、自転車を入れていた箱を開けると、自転車の後輪のスポークが折れていたんです。

まあ、スポーク折れは全く問題じゃありません。
自転車屋に行けば速攻で直してもらえます。



というわけで、さっそくデリーで自転車屋に行きました。



しかし、、、


「これ直せないよ。」


と以外な答えが…。




「んんなぜに!?」



もちろんインドでもスポークは直せます。
ただ、問題だったのは、「後輪の」スポークが折れていたこと。


後輪のスポークを直すには、一度、ギアを外してから直さなければいけません。



しかし!!


なんと、

「インドにはギアつきの自転車はない」

とのこと。



ギアを外すにはそのために専用の工具が要ります。

しかし、ギアつきの自転車がないのに、ギアを外すための工具があるわけがありません。



まさかの展開にショックを受けていた僕でしたが、そこはインド人の知恵の見せ所。

ものすごいぐにゃぐにゃに曲げたり、穴じゃなくて他のスポークに引っかけたりしてなんとか走れる状態にしてくれました。


「もう、コレ、絶対途中で壊れるパターンじゃん…」

と確信していましたが、みんな

「ノープロブレム!」

と自信満々に答えてくれました。


しかしというかやっぱりというか、これがよく壊れる壊れる笑。

100km、200km走ると折れてしまう。


一日走った後、宿を見つけ、それから、チャリ屋を探すという日々を毎日繰り返していました。

折れてはくっつけ、折れてはくっつけ、、、

そんな状態でインド、バングラデシュを実は走りきったのです!!



ああ、ほんとつらかった…。



スポークが折れたのを直すのは、難しくない。

ギアを外す工具さえあれば、絶対直せるのだ。

そして、皮肉なことに、インドには自転車屋さんはどんな田舎だろうとどこにでもあるのだ。

ただ、工具がないために、2000km以上、折れたスポークの自転車で走らなきゃいけなくなってしまったのだ。


歯がゆいとはこういうことを言うんだなと痛感しました笑。



そんな状態で走った後だったから、僕の「自転車を直したい欲求」は半端じゃなかった。

バンコクに行ったらまず一番に直してやろうと思っていた。



しかし、、、



バンコクに着くとソンクラーという水かけ祭りの真っ最中だった。

このお祭り期間中は、歩いている人だろうか、バイクに乗っていようが、バスに乗っていようが、誰でもみさかいなく水をかけあいまくるというお祭りだ。

しかもこれが一日中、何日もかけて、タイ中で行われているのだからすごい。


もちろんそんな中では、自転車屋もお休みだ。


仕方なくソンクラー中はおとなしくソンクラーを楽しむことにした。(おとなしくじゃないか)


ソンクラー
水をかけ合う人たち。町を歩いていると容赦なく水をぶっかけられる。これ以上はカメラ壊れるのでカメラ持ったまま近寄らない。


そして、ソンクラーが終わってすぐ、自転車屋に行くと、なんとソンクラーが終わっても5日くらいさらにお休みが続いていた。



そして、、、



ついに!!


この前自転車が直りました!!!!




スポークだけじゃなくて、ほかにも油をさしたりピカピカにしてもらいました。

ハンドルのテープがポルトガルからずっと握り続けてきたためすり減っていたのも、張り替えました。

ハンドル
ポルトガルからずっと握り続けてきたハンドル。

ハンドルが握りやすい握りやすい!
心機一転です。




西ヨーロッパから中央アジアまでが第一ステージ、インドからバングラデシュが第二ステージとすると、タイから日本までは第三ステージといったとこでしょうか。

生まれ変わった相棒と日本まで頑張りたいと思います。



しゃーー!!!


東南アジアも楽しみつつ、気を抜きつつ、でもあきらめず、一歩一歩進んでいくぞー!!
04/24/2014    サワディイーカッ!

サワディイーカーッ!!

タイに入りました。

今、ホステルのロビーでゆっくりとブログを書いています。


こんなにゆっくりと書けるのはいつぶりでしょうか。

バングラデシュではこうはいきませんでした。

ちょっとでも外にでようものなら、みんなにじろじろ見られて、すぐに「ユー、カントリー?」って聞かれて、「ジャパン。」と答えると「オー!ジャパン!!グッード!!」とすぐにみんなに囲まれてしまっていました。


このロビーには、たくさんのバックパッカーがいるけど、みんなそれぞれが本を読んだり、テレビを見たりくつろいだりして各々の時間を静かに過ごしています。
パソコンやアイパッドを開いても、じろじろ見られたり、どんどん話しかけられることもありません。

本を開いていたり、パソコンを開いてカタカタとキーボードを打っていたりすると、話かけられることもありません。



そんな自分だけのゆっくりとした時間が過ごせることに、ほっとする気持ちもありますが、なんだか物足りなさも感じてしまいます。

いや、ちょっと表現が違うかな。
正確にいうならば、「現実感がない」といったところでしょうか。






そう。

そんな現実感を感じられないほどタイに来て本当に世界が変わった。


町を歩く。
すると、インドやバングラデシュでは考えられなかった世界が広がっている。

道路はしっかりと舗装されている。
だから、土埃で真っ黒になることもない。
ガタガタして進みにくいこともない。

ゴミが落ちていない。
だから臭くない。

そこらじゅうでたちしょんということがない。
だからくさくない。

排気ガスも少ない。

信号がある。(信号を守る)

車がクラクションを鳴らさない。

一応、自転車で走っていると、距離をあけて走ってくれる。

歩行者が歩いていると、車が速度を落としてくれる、もしくは止まってくれる。

道路を逆走している車やバイクがいない。

リキシャやオート三輪が走っていない。

道路が立体になっている。

車同士がぶつかりあわない。

窓が割れている車も走っていない。



高層ビルが立ち並んでいる。

整備された公園がある。

マクドナルドがある。

コンビニがある。

イオンや東急、伊勢丹、ダイソーなど、日本のお店がたくさんある。

いたるところに日本食レストランがある。



宿も変わった。

停電がない。

クーラーがある。

インターネットがある。

お湯が出る。

ゴキブリがいない。

トイレットペーパーが置いてある。



お店に入っても驚きだ。

中に入ると「サワディイーカッ」、出るときには「コープンカッ」とあいさつをしてくれる。

中には笑顔で接客してくれる人も。

おつりがちゃんとある。

値段がしっかりついている。

外国製品があふれている。


ご飯を食べるときも、手じゃなくてはしを使う。

カレー、ご飯、パンだけでなく、麺料理がある。

マサラ味以外の、さまざまな味付けのバラエティがある。





人も変わった。

あんなにじろじろ見られていた東洋人も、バンコクではだれも僕を見て振り返ったりしない。
むしろ、タイ人に似ているのか、よく現地語で話しかけられる。
欧米人旅行者もよく見かける。


客引きがしつこくない。

値段交渉もけっこうあっさりいってくれる。

「お客さん」として接してくれる。
だから、笑顔で接してくれる。要望を伝えるとすぐにやってくれる。ミスがあると謝ってくれる。





もう別世界のようだ。

なんか、もう日本に帰ってきたみたいだ。



あるバックパッカーが言っていた言葉が面白く、ずっと頭が離れない。


「日本は天国。バンコクは天界。」


なかなか面白い言葉だ。



もう天界まで来ました。

天国までもうちょっと…笑



まだ、バンコクの快適生活に慣れず、ウラシマ状態ですが、日本に帰った時のリハビリもかねてタイも楽しんでいきたいと思います。
04/20/2014    念願のバングラ


バングラデシュ。

僕は、この国に行くことをずっと楽しみにしていた。

インドの自転車旅に疲れ、

「もう疲れたよ。もう進めんわ…」

と思った時も


「いや、もうすぐでバングラデシュだ。もうすぐでバングラデシュに着くんだ…。」

と自分に言い聞かせて、バングラデシュに行くことをモチベーションに頑張ってきた。

街並み
バングラデシュのまちなみ。
どこに行っても、人、ごみ、リキシャ、CNGというミニタクシー。



なぜ?


なぜバングラデシュなの?


それは、バングラデシュには大学時代の旧友がいたからだ。


彼の名前はとーる。

青年海外協力隊の一員として活動し、「レッスンスタディ」という、日本でいう研究授業をバングラデシュで浸透させようと頑張っている。

とーるの活動レポートはコチラ(レッスンスタディについて)
http://www.jica.go.jp/bangladesh/office/others/volunteer/report/h24_02_03.html

ブログはコチラ
http://arigatoru.exblog.jp/



この旅で出会った人は数知れず、中には、一生忘れられない出会いもたくさんあった。


でも、、、


ずっと旅を続けていくとやっぱり昔からの友達に会いたくなる。

英語で、

My name is Yuichio, nice to meet you!

から始める関係じゃない。


日本語で、気ごころの知れた友達と、昔の思い出話をする。


そんなことがしたくてたまらなかった。




だから、とーると久しぶりに会った時はうれしかったなー。

久しぶりに一緒に飲んだビールの味はしばらく忘れられないと思う。

うれしかっただけじゃなくて、気ごころの知れた友達に会うとやっぱりちょっとほっとした。





そのとーるのお蔭でバングラデシュでは、たくさんのことを経験させてもらった。


彼の学校に訪問して、学校や授業を見せてもらう。

バングラ小学校朝礼
朝の朝礼の時間

バングラ先生たち
お世話になった、バングラの先生たち


授業で旅の話もさせてもらう。

バングラで授業

授業






彼の友達の家に遊びに行く。
バングラの友達2

バングラの友達1



一緒に村にも遊びに行った。

村探検


村の子どもたち
人懐っこい、バングラの子どもたち。

とーると村の子どもたち
子どもたちととーる

かわいい女の子
照れ方がかわいいバングラの女の子







入院した時は、心配もかけてしまった。

とーると




一緒に新聞ものったり。


新聞






また、JICAの人たちとも会うことができたし、JICAのつながりで大使館の方にもかなりお世話になった。




海外での生活は、海外旅とは全く別の大変さがあると思う。

僕は、進み続けなければいけないが、とーるはどんなことがあっても、そこに居続けなければいけない。


そんな中で頑張っている友達を見るのはとても刺激になった。



日本でもみんな頑張ってんだろうな。




ありがとう、とーる!

久しぶりに会えてうれしかったし、バングラのことが好きになりました。

また会えるのを楽しみにしています!



俺もがんばりりすぎずに、でもがんばろう。


インド、バングラデシュの写真アップしました。

左のリンクの「写真はコチラ!」から見れます。

「Alubums」というところにインドやバングラデシュの写真をアップしています。
もしくは以下のリンクから↓
https://www.flickr.com/photos/96273629@N06/sets/

04/05/2014    退院報告
無事に退院しました!!

こんにちは。もう新学期の季節ですね。
日本では、みんな年度初めで頑張ってるころなんだろうなー。

去年、桜を見たころから一年がたったのか…。
長かった気もするし、でもあっと言う間だった気もする。
いろんなことがありすぎて、時間の感覚がちょっとおかしい。




この病院での入院生活はほとんど不自由なく過ごすことができている。
ここがバングラデッシュということを考えるとこれ以上ないほどの快適さだと思う。


シーツはちゃんと洗濯されているし、蚊帳もきれい。

停電はたまにあるくらいだし、エアコンもある。

大通りからちょっと離れてるから、クラクションの音もそこまでうるさくない。

なんとWi-Fiもある!


そして、ドクターが日本語をしゃべれる。

なかなか症状の微妙なニュアンスなどを伝えるのは難しいのだが、日本語ならちゃんと伝えられる。


何より、看護師の小林さんが日本人ならではの細やかな看護をして下さるし、毎食の日本食が本当においしい。
退屈な入院生活では、おいしい日本の食事が何よりの楽しみだ。


これ以上のことをバングラデッシュで求めたらばちがあたるだろう。




でも、やっぱり外国での入院生活はやっぱりいろいろある。


まず、手術の時は不安だった。(手術というほどのものではないかもしれないが)

「ここからは手術室だからこのスリッパに履き替えてください」

と言われ手術室に入る。

「あーよかった。さすがに手術室だからきれいにされているんだ。」

と思っていたが、手術室にあるトイレに行くとありが行列をなしている。


不安すぎる気持ちの中、手術室に行く。


手術室にある機械もどれも古い機械ばかり。

「大丈夫。今回はちょっと切るだけで機械も必要ないし、ここからきれいにしてくれていれば…。」

と自分に言い聞かす。

しかし、手術台に用意されたシートはよくわからんシミでいっぱいだった。

「じゃあ、始めますねー。」

とドクターの声。

「ん?やけに鮮明にドクターの声が聞こえるな。」

と思ったら、ドクターたちはマスク、手袋はつけていない。

「ちょっとまてーい!」

と言いたかったが、言う間もなく手術が始まってしまった。

もう不安以外の何物でもない。

さすがに手は消毒してくれていたよね…?


そんな不安で不安で仕方ない中での麻酔注射。
しかも、生まれてはじめての頭への麻酔注射。


「ちょっとイタイヨー。ゴメンなさいねー。」

と言われた時にはもう不安で声にならない悲鳴を上げていた。


…。

…。

不安と痛みでそれはもう最悪の麻酔でした…。
あー、今思い出してもぞっとする。
しばらくトラウマになりそうです…。





でも、何より一番困るのは、価値観が違うということだ。
普段ならその違いが面白かったり笑ってやり過ごせるのだが、入院中はさすがにきつい。

夜中に点滴が逆流してたのでナースコールで看護師さんを呼ぶ。
しかし、言葉が通じない。
なんとか通じて「来て下さい」と言うと「ちょっと待って」と言われる。
おとなしく待っていてもなかなか来てくれない。
仕方がないのでもう一度コール。
すると「もうちょっとで行くから」と同じ返事。
それでもなかなか来てくれないので三回目のコールをかけようと思ったらやっと来てくれる。
こんな感じ。


「ちょっと痛むんだけど」と言うと、どこがどう痛いのかと聞かずに「ノープロブレム」と言われてしまう。


部屋にゴキブリがいて、点滴をつながっていて自分で処理できないので、スタッフに退治してもらおうとする。
すると、近くにあった僕のサンダルをもって、僕のサンダルでやっつけようとする。
やっつけた後、手を洗ってくれない。


「ノックして入ってね」といくら言っても、スタッフはノックするのを忘れてしまう。
そして、鍵をかけて出ていくのを忘れてしまう。

決して、悪気があるわけではないのだ。

やさしい人もいるし、熱心にやろうとしてくれてる時もある。

ただ、バングラ人にとって「それが問題だ」とは思っていないのだろう。
正確に言うと、「僕が思っているほど問題だ」とは思っていないのだろう。


ナースコールも、夜中に呼ばれれば行くのは遅れてしまうのだろう。
問題があるようには見えないのだろう。
ゴキブリを倒すのに近くにあるものを使うのはあたりまえなんだろう。
プライベート空間という意識も少ないからノックするのを忘れてしまうのだろう。


こういう価値観の違いは、きちんと主張し、伝えることが大事だ。
伝えれば、きちんと分かってくれるのだ。(まあ、「真に」伝えることは難しいのだが)


でも、今は違うのだ。

問題があったらすぐ来てほしいのだ。
痛むから、問題があるから、訴えているのだ。
ひとのものを使って、ゴキブリ退治はしないでほしいのだ。
しんどい時は一人にしてほしい、入る時は気を使ってほしいのだ。


今はこんなことを伝えることがしんどいのだ。
それを感じ取ってほしいのだ。


でも、今はとてもじゃないけど伝えられない。
言うことは言うが、言葉がなかなか通じないので伝えられない。


それが一番しんどい。



だから、そんな中友達や小林さんが気を使ってくれるのは本当にうれしい。

そして、一緒に話すのは気持ちを落ち着かせてくれる。




幸い、体は順調によくなっている。

さっき点滴も外れた。

明後日には包帯も外れ退院できる予定だ。


川で現地の人と遊んだことは全く後悔していない。
この病院も、バングラデッシュの中ではかなりよい病院だと思うし、不満が募っているわけではない。


でも、こんな時だからこそ、「異国にいるんだなあ」と強く感じさせられてしまう。




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