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02/04/2014    ネパールへ

インドを自転車で旅するのはきつい。

そのきつさは前の記事で書いた通りだ。



元旦までにバラナシに着く。


それを目標に、半ば修行僧のように過酷なインドの大地を突っ走ってきた僕にとって、

バラナシに着いて、

「おっしゃ!!バングラデッシュまで突き進むぞ!!!」

という気持ちになることは難しかった。



むしろ、ここまで無理してかっとばしたつけがまわってきたのか、

「もう自転車はこぎたくない。」

という気持ちになっていた。


どんなに無理やり自分を鼓舞しても全く自転車で再出発する気にはならなかった。
むしろ鼓舞すれば鼓舞するほど逆にこぎたくないという気持ちが大きくなっていった。



友達とスカイプで
「もうチャリこぎたくないわ。チャリ疲れた。わははは…。」

と愚痴をこぼすと

「根本的な問題笑!」

と突っ込まれた。



その通りだ笑。

自転車旅で自転車をこぎたくない。

これは本当に根本的な問題だ笑。
かつ、重大な問題だ。


でも、それが本当の気持ちだ。
自分の気持ちなのでどうすることもできない。




バラナシは僕にとって居心地のよいまちだった。

よくも悪くも観光地なので、好機の目で見つめられることもない。

その日夜を過ごす寝床もちゃんとある。

お湯もでる。

日本食が食べられる。
(バラナシにはメグカフェという本格的な日本食が食べられるお店がある。本格的な日本食を食べたのは、スペインのバルセロナが最後だった。バラナシで本格的な日本食を食べたとき、おいしさのあまり本当に泣きそうになった笑。バラナシでは毎日日本食を食べていた笑)

英語もちゃんと通じる。

バックパッカーにも会える。

Wi-Fiも使える。



そんな居心地のよいまちで、出発したくないなとくずっていると、気が付けばあっと言うまに時間が過ぎてしまった。

僕がとったビザはアライバルビザなので有効期限は最大30日だし、アライバルビザは延長ができない。


やばい。
そろそろ出発しないとバングラデッシュに着く前にビザが切れる。

でも、そんな瀬戸際になってもどうしてももう一度自転車をこぐ気にはなれなかった。




そんな時に、ネパールの話をあるバックパッカーから聞いた。


「ネパールはいいよ。日本食のおいしいお店がたくさんあるよ。人もいいし、ヒマラヤのトレッキングなんて最高だよ!」


「うーん。行ってみたいなー。ヒマラヤトレッキングとかめっちゃしてみたい。でも、ヒマラヤのトレッキングなんて今は1月で寒くて無理だもんなー。」


すると以外な答えが。

「ん?行けるよ?」


どうやら冬でもトレッキングは可能らしい。

そのあと自分でも調べてみたが、やっぱり可能らしい。


奇しくも、バングラデッシュは今選挙で情勢不安の真っただ中だ。
バングラデッシュにいる友達の話によると、僕がバングラデッシュに着くころが一番荒れているころらしい。

現在も道路封鎖や火炎瓶が投げられるなどけっこう不安定なうえに、これからどうなるかはわからないとのことだった。


だから、ネパールに一度よって、情勢が落ち着いてからバングラデッシュを目指すことも選択肢のひとつとしてあった。
バラナシからネパールは簡単に行ける。
だけど、それは選択肢のひとつとしてあるだけど、本当に行くつもりはなかった。


ネパールによっていると時間がかかるし、東南アジアや中国あたりで雨季にぶつかる可能性もある。
だから、ネパールによるつもりはなかった。



だけど、、、、


バングラデッシュの情勢はどうなるかどうなるかは、現地の友達曰く全く分からないらしい。
たぶん国境封鎖とかそんなことはないと言っているけど、万が一ということもある。
万が一、ビザが切れる直前に国境が超えられなかったら、どうしたらいいのかわからない。



いっそ、情勢がまだましなうちに電車やバスを使ってバングラデッシュまで行ってしまおうか。
いや、せっかくここまで頑張ってきたのだ。
できる限り自転車で横断したい。
でも、どうやっても自転車をこぐ気になれない。



ネパールの山にはずっと憧れていた。
その山が行こうと思えば行ける距離にある。
世界を見てみたいと思って旅を始めたけど、世界の屋根と言われる山々に行かずして世界を見たといえるのか。



今は自転車をどうしても漕ぎ出す気になれない。
こんな気持ちのまま、無理やり自転車旅を始めてもきっと楽しめない。


なら、一度自転車旅から離れてみるのもいいんじゃないかな。




よし、ネパールに行こう。



そう思ってネパールに行くことにした。




そう決めると気持ちがすっきりした。

そして、それから数日バラナシでゆっくりしていた。

しかし、それが間違いだった。



バラナシからネパールへは、バラナシからゴーラクプールというまちへ電車で行き、ゴーラクプールで国境のスノウリ行きのバスに乗り換えるのが今現在(2014年2月現在)のベストな行き方だ。



自転車をバラナシの宿に置いておくのは不安だった。
僕がいない間に勝手に乗られるかもしれないし、正直信用できない。


ネパールまで自転車で行ってもよかったのだが、ネパールからの帰りにまた同じ道を通ることになる。
(ルンビニというネパールのまちのお寺に自転車を置かせてもらい、そこからバックパッックひとつで、首都カトマンズや山に行って、またルンビニにもどってインドに戻る予定だった)


というわけで、さすがに同じ道を自転車で二度通るのは嫌なので、ネパールまでは電車とバスで行くことに。





前日までに、自転車を電車にのせられることは確認しておいたので、のせる気まんまんでバラナシの駅へ。

自転車を預けるため、荷物を預ける事務所へ。

すると、予想外のことを言われた。


「あなたが乗る列車には自転車をのせるスペースがないので、自転車はあなたが乗る次の列車にのせます。なので、明日の朝、ゴーラクプールの駅にとりに行って下さい。」


ちょっと「事前に確認したのになんでだよ」と思ったが、


「俺がゴーラクプールに着くのは今日の夜遅くだし、まあ、明日の朝来るんだったらいいか。」


そう思って自転車を駅の事務所に預け、列車に乗り込んだ。



列車は思ったよりも快適だった。


そして、外国人が珍しいのだろう。
いろんな人からいろんな質問を次々にされ、気が付けば乗客の何人かの人と仲良くなっていた。


中でも仲良くなったのがアシューという大学生だ。


デリーの大学に通い、バラナシに寄って、実家のゴーラクプールに帰るとこらしい。
僕もゴーラクプールに行くということが分かると、うちによかったらと招いてくれることになった。



アシューの家では、夜遅くの突然の訪問にも関わらずやさしく迎え入れてくれた。

アシューとほかの二人の兄弟、チョトゥーとニトゥーと一緒に遅い晩御飯を食べる。


夜中近くで、しかも突然の訪問なので遠慮していていると、


「なんで遠慮するの?遠慮なんてしなくていいよ。僕たちはもう兄弟なんだから。」


とアシューに素敵な笑顔とともに言われてしまった。




夜、4人みんなで一つのベッドでぎゅうぎゅうになって寝た。

3人がベッドできゃっきゃとふざけ合っているのを見て、なんて仲がいいんだろうとこっちまで幸せな気持ちになった。

アシューたち三兄弟

アシューたち三兄弟。左からチョトゥー、アシュー、ニトゥー。




次の日の朝、朝ごはんを食べ、自転車を取りに駅へ向かう。


当然、すぐに自転車が手に入るもんだと思っていた。



しかし、、、


電車がもう着いている時間なのに、貨物の事務所には自転車は来てないとのこと。


ちょっと不吉な予感を感じながら、必至で駅中を探し回った。

あっちにあるかもしれない、と言われればあっちに行き、そっちにあるかもしれないと言われればそっちに行った。


アシューたちも、駅員に何度も「彼の自転車はどこですか?」と聞いてくれた。

しかし、駅員の答えは、誰に聞いても「分からない」という答えだった。



駅員に聞いてもラチがあかないので、アシューたちが責任者っぽい人に聞いてくれた。


そして、その責任者曰く

「たぶん、バラナシで係りの人が積むのを忘れちゃったんじゃないかなー。だから、たぶん明日の朝には届くんじゃないかなー。」

とのことだった。

なんというあやふやな答え…。



インドで責任とやらを持ち出しても意味ないのは分かっていたが、

「荷物の管理ができてないのは鉄道の責任です。だから、バラナシに連絡して確認してください。」

と言わずにはいられなかった。



すると、

「荷物が届いていないのは、私たちの駅の責任じゃないですよ。確認はできないです。」

と言われてしまった。


アシューに聞いてみても、「彼らが確認するのは難しいんじゃないか」ということだった。



なんでだよ…。

そんなのどう考えてもおかしいだろ…。


あきれたが怒らずにはいられなかった。


だけど、それ以上にショックの方がでかかった。


ちょっと待ってよ…。

あの自転車がもしなくなったら、困るどころじゃないんだけど…。

本当に本当に大切なものなんだけど…。




長い間、聞きまわったり、探し回ったりいろいろとアシューたちとできる限りのことをしてみたが、結局はっきりとしたことは分からなかった。


「たぶん、バラナシで係りの人が積むのを忘れたから、たぶん明日の朝届くだろう」


そんなあやふやな答えしか分からなかった。




絶望的な気持ちでアシューの家に帰った。

明日まで待つしかない。

でも、待てば待つほど、自転車のことが気になってしょうがなかった。


「自転車に鍵をかけると運搬しにくくなるから、鍵はかけないでください」とバラナシ駅で言われたので、本当に間抜けなことに、自転車には鍵をしていなかったのだ。


今こうして待っている間にも自転車が盗まれているんじゃないか。

そう思うと不安でいてもたってもいられなかった。



何を言われようとも、鍵をかけとくんだった。

何を言われようとも、自転車を一緒の電車にのせてもらうんだった。


ショックの後は、不安になり、不安の後は自分のうかつさを後悔した。





それに、心配していたことがもう一つあった。


それば、ビザが明後日に切れるという問題だった。

明日の出発すれば大丈夫だと思っていたが、アシューいわく、この時期は霧が深く、バスが事故ったり遅れたりすることが多いという。

だから、国境まではできるだけ早く行ったほうがいいとのことだった。



また、私のインドビザはアライバルでとったビザだ。


飛行機で帰ることが条件のアライバルビザなので、陸路でインドを抜けても問題ないのかということも少し心配だった。

まあ、無理を通せば道理がひっこむインドなので、なんとかなるとは思っていたが、心配は心配だった。




そんなビザの心配もあったので、国境まではできるだけ早く行った方いいのだ。

でも、自転車のことがあるので、出発することができない。



どうすることもできないうえに、大きな心配を抱えた僕は本当に途方に暮れてしまった。

本当に。





すると、アシューがこんなことを行ってくれた。


「ユーイチローは、ネパールへ行った方がいい。ビザの期限のことだけを心配しなよ。自転車のことは僕たちがなんとかするよ。」


「いやいや、自転車のことがあるから僕はいけないよ。」


「いや、今バラナシの駅に僕の友達が確認しに行ってくれている。もし何かあってもぼくが取り戻す。絶対に自転車のことは何とかするよ。」



絶対なんて言葉そう簡単に口にする人は信頼してはいけない。
必要以上に親切すぎる人は信頼してはいけない。

それは、この旅で感じたことの一つだ。



ただ、アシューなら信頼できると思った。

見ず知らずの外国人を突然招いてくれる優しいアシューだ。
ここまで一生懸命助けてくれたアシューだ。


何より、アシューの笑顔は信頼できると思った。



心配がぬぐえたわけではないが、僕はアシューに自転車のことをお願いして、ネパールに発つことにした。


もしも、アシューを信頼できるなら、僕にできることは特にない。

なんせ明日を待つ以外やれることはもうないのだ。



もし、明日自転車が来なかった場合、警察に行って訴えたいが、そんな時間はもしここに僕が残っていたとしてもない。
警察に行っているとビザの期限は確実にきれる。




それに、正直な話を言うと、この時僕は耳に痛みを感じていた。

ガンジス川で沐浴した時、おそらく何か菌が耳に残ったのだろう。
お腹は鍛えたうえで沐浴したけど、耳は鍛えようがない。誤算だった。
ってそんな場合じゃない。あーー、俺のばか。


そして、その痛みはもう我慢できるぎりぎりのところまできていた。


病院に行くとしてもインドの病院に行く時間はない。
行くなら早くネパールに入り、病院を探したほうが体のためにもよかった。




「わかった。ありがとう、アシュー。俺今からネパールに行くよ。」

そういうと、アシューは大きなバックパックも貸してくれた。
そして、チャリ旅用の荷物も家に置かせてくれた。



そんなわけで僕は、自転車がどこでどうなっているのか分からないまま、インドを発った。



ネパールの国境へ行くバスの中では、ひたすら自転車のことが心配だった。
そして、ひたすら耳の痛みに耐えていた。


道はがたがたなのに運転手は狂ったように飛ばすのでまるで、バスの中は今から大気圏に突入するロケットのようだった。


心配と我慢と揺れで、外の景色などほとんで目に入ってこなかった。





ネパール国境には夜8時くらいについた。


ビザのことは心配だったが、国境越えは拍子抜けするぐらいあっけなかった。


インドとネパールの国境はゆるいことは知っていた。
現地の人は普通に自転車や徒歩で行き交っているらしい。

でも、あれはゆるすぎるだろう笑



暗かったこともあるが、まず出国審査をやっている場所が分からなかった。

気づくと、Welcome という文字が見えたので、慌てて引き返した。


あぶない、あぶない。
もう少しで不法出国になるところだった笑。


心配していたビザも何も言われず、ポーンとはんこを押してくれた。


インドルピーをネパールに持っていくのは一応禁止らしいので、インドルピーをバックの奥底にかくし、ネパールルピーを少額両替する。

しかし、何もチェックされずにネパールに入ってしまった。



あまりにゆるいので、ネパールに入ったあと、ためしに

「ごめん!インド側に携帯忘れちゃったからとりに行ってもいい?」

と警備の人に言ってみると

「いいよー。」

と簡単にインドに入れてしまった。


なんだこれ笑

これじゃあ不法入国簡単にされちゃうよ笑。



そして、ネパールのビザも国境で5分で取得できた。




そんなこんなでネパール入国。



しかし、寝る前も次の日朝起きても、自転車のことが気が気でならなかった。

そして、何度Facebookメッセンジャーを開いただろうか。




入国翌日の昼2時ごろ、待ちに待ったアシューからこんなメールが来た。




Got it!!!!!

自転車ゲット




ありがとう。アシュー!
ありがとう。チョトゥー!
ありがとう。ニトゥー!

本当に本当にありがとーーーーーー!!!



お蔭で旅を続けることができます!



※その後の耳の話

ネパールについて最初に向かったのが国境付近のルンビニという村。
仏陀が生まれた世界遺産の村だ。

世界遺産の村なので、病院くらいあると思っていたのだが…。


何もない笑!!!


ツーリスト用のホテルやレストランがあるエリアがちょっとあって、他は小さいむらとたんぼ。


しょうがなく村にあった薬局へ。


薬局の薬を使ってみたものの、一向に症状はよくならない。

なるべく保険の効く大きな病院に行きたかったがこの際、どうしようもない。

仕方なくホテルの人に相談すると、医者らしき人の家に連れていかれた。

その人は、親切に診てくれた。
しかも、無料で診てくれた。


でも、まったくよくならない。

そこで、ネパールで二番目に大きなまち、ポカラへ移動。


すると、その病院もとっても小さい病院だった。

大丈夫かなと不安だったが、その病院のドクターが名医だった。
親切に話を聞き、丁寧に診てくれ、最後まで責任を持って治してくれた。

今はばっちち治りました!!

ありがとうドクター!!


名医ドクターグプタ

お世話になったドクターグプタ。



結論:ガンジス川での沐浴はやめといたほうがいい。



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